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スミ利のブログ

滋賀で文具店を営む藤井のブログ。文具のこと、仕事のこと、趣味のこと・・・色々と書いてます。

昔の商売道具

俵鉤
うちの道具箱からこんなものが出てきました。昔スミ利が文具店になる以前、薪炭商だったころの商売道具です。確か俵鉤(ひょうかぎ)!?だったか??? 何しろ炭俵に縄をかけるときに使ったり、運搬する際に用いた道具と聞いています。戦前からのものですね。 うちは屋号が利八だったので、昔から「炭屋の利八」と呼ばれていた為、商号が「すみ利」になったそうです。この道具はスミ利のルーツが炭屋だったことを示す唯一の品物ですね。

釘抜き
で、次がこれ。これはスミ利が文具店になってからの道具。これは今でも有りますよね、釘抜きです。ですが、昔の商店ではこれが必需品だったんですよ! 今は荷物は大半がダンボールや折りたたみコンテナで送られてきますが、昔はデッカイ木箱におがくずなんかを詰め込んで送られてきました。もの凄い数の木箱があっという間に増えてしまうので、当時は届いた木箱をはしからバラバラにしていく作業にかなりの時間と労力を費やしたそうです。

実はうちの倉庫には昔の木箱を積み重ねて棚の様にして使っているものがあります。近年、家を修理した際にかなり廃棄しましたが、コーリン鉛筆、トンボ鉛筆、三菱鉛筆、サクラクレパス、日光ペン、パイロットインキ・・・とにかく色々な焼印、ラベルの貼った箱が有りました。下は今倉庫で使っているものの一部です。
サクラクレパスの木箱 パイロットインキの木箱
サクラクレパスのラベルには「株式会社櫻商会」とありますね! パイロットの木箱には名古屋工場の文字が(パイロット名古屋工場は現在のパイロットインキ社の前身です)。

しかし、今荷物がこんな木箱で送られてきたらホント大変ですね。滅茶苦茶重い上に、開梱も手間がかかる・・・。誰か一人は一日中木箱処理に追われるでしょう(当時はそうだったらしい)。 木材資源のことを考えると環境面からも問題がありますよね(汗)。 昔はこの木を全部焼却炉(お風呂のボイラー)で燃やしていたそうです。 祖母が生前よく話していましたが、当時暑い夏の日でも祖母が一人で木箱を潰して燃やしていたそうです。そうしないと木箱がどんどん増えて置き場が無くなるのです。 私、毎日仕事が辛いと思ってますが(汗)、今の世の中は昔と違って随分と楽することに慣れてしまっているのかな・・・と。残った木箱を見るとそう思います。
  1. 2009/05/18(月) 18:13:51|
  2. 未分類
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コメント

木箱

年季の入った木箱ですね。
ふと、子供のときに、青森からりんごが木箱に入って
送られてきた事があったのを思い出しました。

あまり、家に木箱で物がやってくる事がなかったので
すごく印象に残ってたので・・・。

でも、文房具も木箱でっていうのはちょっとびっくりです。
(普通に考えれば確かに・・・って感じなんですが)

便利さと、楽さを覚えてしまった現在
昔の人は、すごいなぁって思うばかりです。
肉体的にも精神的にも、きっとすごくタフだったんだろうと
思います。
今は、便利で楽だけど精神的には弱いですよね(^^;
  1. 2009/05/19(火) 23:27:04 |
  2. URL |
  3. ゆきだるま #RSphwmKY
  4. [ 編集]

>ゆきだるま様

うちにも古いリンゴの木箱がいくつもあります(笑)。國光(こっこう)とか書かれています。昔メジャーだった林檎の品種なんでしょうか!?

先日も、木箱ではないのですが、内部におがくずを詰め込んで2枚の木の板で挟んで釘で打ち付けられたものが出てきて、中身は何だろう?と思いこじ開けてみると、「パイロット高級手帳」と金色の文字でレタリングされたガラス製の看板が出てきました。恐らく、当時の手帳のディスプレイ什器に設置する看板でしょうが使われずに放置されていたみたいです(笑)。 昔は何でも木の板で梱包して輸送していたんですね。
  1. 2009/05/20(水) 11:56:09 |
  2. URL |
  3. スミ利文具店 藤井 #eMwruaJU
  4. [ 編集]

俵鉤を見たことがあります。

私は昭和27年生まれですが、子供の頃はまだ炭が流通していました。(田舎だったので)その後急速な燃料革命により灯油、ガス、電気と変わっていきました。この頃は(昭和30年代)3輪車が走っており、ここにあるような鍵を使って荷積みをしていたのを覚えています。私の父も戦前、戦後と炭を焼いたことがあります。今も私の近所には菊田薪炭店という商店があります。今は炭の取り扱いをしていませんが。
その後、父は20年ぐらい前に炭を焼く機会があって桑の木等で炭を作りました。今も我が家に少し残っていますが、柔い炭なのでそのままです。秋になると石焼き芋の燃料に使っています。また、庭で焼き肉をするときも使いました。
さて、近年山遊びに行くと、東北の山は戦後伐採(炭、パルプ、用材など)を続けたので若木の山が多いですね。(太い木の山が少ない)ブナの山やナラ・椚の山は滅多に見られません。
木箱ですが、東北は果物の出荷が盛んですので昭和50年頃まではリンゴ、桃、梨などの出荷箱は木でしたね。なつかしい。
  1. 2009/05/20(水) 12:27:09 |
  2. URL |
  3. hide #-
  4. [ 編集]

>hide様

戦時中は燃料が統制品になったので苦労した様です。親戚の中には戦後もずっと燃料店をされていたところがありますが、うちは軍隊から復帰した祖父が文具店に転じました。曽祖父は字がとても上手だったらしく、結納店をしたかったらしいですが、祖父は有名な悪筆家だったらしく・・・やめておいて正解ですね(笑)。

高校の時、授業で先生から「滋賀県の原生林は0%」と聞いたことがあります。山だらけの滋賀県でまさか!?と思いましたが、大昔から現在に至るまでに何らかの形で人の手が入っているそうです。 
  1. 2009/05/20(水) 17:57:14 |
  2. URL |
  3. スミ利文具店 藤井 #eMwruaJU
  4. [ 編集]

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